平政の
小牧教会だより 2019年
■ 2019年12月 教皇訪日実現 |
ようやく待ちに待った教皇フランシスコが日本に来られ11月23日から26日に滞在され、長崎、広島、東京で司牧訪問されました。長崎と東京ではミサを主式されました。たくさんのミサ参列者があり多くの信者に喜びと感動と希望を与ええて下さいました。 「すべてのいのちを守るために」というテーマで全世界に貴重なメッセージを呼びかけられました。 日本の教会はそして私たちはこれからそれらにどう応えて行かなければならないのか、宿題が残されました。 クリスマスが近づいてきました。正義と平和をもたらして下さった救い主の誕生です。
YouTube: 【LIVE】教皇ミサ(オリジナル音声版) Holy Mass/Tokyo Dome【公式】
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■ 2019年11月 「彼岸花」について |
名古屋教区では、お彼岸つまり9月23日(秋分の日)に名古屋市立八事霊園内にあるカトリック名古屋教区霊園にて合同追悼ミサが行われています。今年は司教様が主司式されました。(教区ニュース11月号に掲載) 年々、参加者が減少傾向にありますが、その中でもお年寄りが目立ちました。その他に教区では、10月第二主日に東八事第一墓地、11月第一主日に東八事第二墓地で、それぞれ追悼ミサが行われています。 彼岸花(ひがんばな)は曼殊沙華(まんじゅしゃげ)とも呼ばれます。教区センターでも今年見ることが出来ました。また、主税町記念聖堂敷地内でも咲きました。生育場所は田畑の周りや堤防、墓地などでよく見かける事ができます。 2004年8月、胃がん切除手術のため愛知がんセンターに入院しました。退院後、司教館に戻り、9月になって太田神父さんの勧めで、大分県のお兄さんの経営されている温泉付き病院に療養のため、数週間程入院しました。一日2回温泉につかり、残りの時間は主に病院周辺の散歩でした。 ちょっと歩くと水田のあるところがありました。そのあぜ道には、真っ赤な曼殊沙華が列をなし続いていました。水田の緑色と、あぜ道に咲く赤い曼殊沙華のコントラストには、ため息がでそうでした。 彼岸花は秋の「彼岸」ごろから開花するところからそう呼ばれていますが、曼殊沙華は仏典に由来し「天上の花」の意味を表すそうです。また、この花は異名が多くあります。特に日本では不吉な名ばかりが並びます。死人花、地獄花、幽霊花、捨子花などです。 一方、水にさらして毒を抜けば救荒食物にもなるそうです。紀州新宮藩(和歌山県)に流配された浦上キリシタンたちも、この花の球根から取った毒抜きデンプンを食したそうです。学名はギリシャ神話の女神・海の精の一人「リコリス」から取られています。 彼岸花を見ると、胃がん切除手術と大分での療養生活を思い起こし、名前のように地獄と天国の生活だったなと振り返ります。 11月は「死者の月」と言われます。死についてゆっくり時間を取り考えてみましょう。
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■ 2019年10月 教皇フランシスコ訪日 |
結局、9月13日(金)16時に正式発表となりました。その内容は以下3点のみでした。 (1) 教皇フランシスコの訪日日程。11月23(土)~26日(火) (2) 東京、長崎、広島を訪問 (3) 教皇ミサは、長崎では11月24日(日)14:00から長崎県営野球場で、東京では25日(月)16:00から東京ドームで行われる。 あとの詳細・追加情報は「教皇訪日特設サイトウェブサイトで順次公開されると言うことでした。小牧教会では早速教皇ミサ参加出席について話題になり始めました。 教皇フランシスコの訪日は38年目ぶりとなります。1981年2月23日~26日に教皇ヨハネ・パウロ二世が教皇として初めて日本を訪問されました。教皇は「平和の巡礼者」としてその使命を表すために、広島で「平和メッセージ」を発表されました。 今回教皇フランシスコ訪日の目的は、その「ロゴマーク」に思いが込められています。2015年5月発表、回勅「ラウダート・シ」の巻末収められている「被造物とともにささげるキリスト者の祈り」から取られている「すべてのいのちを守るために」(Protect All Life)にあります。 ロゴマークの説明は「自然豊かな日本をかたどった緑の炎は、日本の教会の礎である殉教者の赤い炎と、全人類を子として抱く聖母マリアの水色の炎と一つになって、希望の福音を告げ知らせる使命を表し、太陽をイメージした赤い円は、分け隔てなく愛をもって、すべてのいのちを包み込んでいます。」とあります。 すべての命の尊厳を守る「いのちの福音」を伝えるために教皇フランシスコは来られます。
YouTube: 佐藤しのぶ アメイジング・グレイス アヴェ・マリア |
■ 2019年9月 「聖体礼拝」について |
『聖体の秘跡のうちに現存なさるキリストへの信仰を表し、ミサにおいても、ミサ以外においても、礼拝することを聖体礼拝と呼んでいます。修道院や教会などで、聖櫃の扉を開け、参加者にご聖体を見せて礼拝したり、祭壇の上に聖体をふさわしい器に入れて顕示し、礼拝したりします。』(女子パウロ会*HP ラウダーテからの引用) 毎月2回、主税町記念聖堂にて第2週の木曜日19時から金曜日19時まで24時間の聖体礼拝を行っています。世話役代表を私がしています。 この礼拝が始まる事になったのは、2017年平和旬間の一つの企画で10日間24時間聖体礼拝を主税町記念聖堂行った事であります。夜19時からのミサには毎日70人以上の参加者がありました。 その後、9月になりその時の企画立案者から司教様に「月2回ほどのペースで24時間聖体礼拝を行いたいがどうですか。」と提案があり、司教様は良いことだ、返事され、その世話役を私と島袋神父様にゆだねられました。10月から早速、月2回、24時間聖体礼拝が始まり今日に至っています。 それから各小教区にてこの「聖体礼拝」が行われるようになって来ています。 今年の平和旬間には、小牧教会で19時から24時まで5時間だけ行いました。日本人、ベトナム人、スペイン語グループが少しずつ時間をずらしてお祈りしました。 第2・第4の金曜日、名古屋にお出かけの時は、主税町記念聖堂を訪問してください。
YouTube: Frank Sinatra - September in the Rain |
■ 2019年8月 2019 サマーキャンプ |
今年のサマーキャンプは初めての場所での試みでした。 雨模様が心配でしたが大丈夫でした。 今月号は文書ではなく写真で報告にします。
YouTube: 石松の生涯 石松の最後 |
■ 2019年7月 2019年サマーキャンプ |
6月中旬、下旬の天候を考えると7月14日(日)から15日(月)にかけて計画された今年のキャンプは天気に恵まれて大丈夫だと思われていました。が7月に入って雨の日が続き本格的な梅雨に入ったようです。この所毎日の天気予報が気になり、今年のキャンプは雨で中止になりはしないかと心配です。 最近、守山教会の信者さんから帚木蓬生(ははきぎほうせい)小説3冊お借りしました。各本は上下に分かれていますから、計6冊になります。僕にとっては相当な量になりますが、信者さんのご厚意に感謝しています。また期限付きではないのでひと安心して少しづつ読み進んで行こうと思っています。 その信者は、僕が福岡県生まれで、洗礼をどこの教会で受けたのかもご存じです。いま読んでいる小説の舞台は久留米藩(有馬家)御原群(みはらこうり)一つの村の大庄屋の次男として生まれ育った一人の人物を中心にして物語は進んで行きます。題名は『天に星 地に花』この言葉は家老の家の床の間の掛軸に書かれていた言葉であります。正確には「天に星、地に花、人に慈愛」そこからとられた題名でしょう。小説の中に何回も出てくる言葉です。久留米藩の片田舎、お城へ行く道と反対側へ歩くと隣藩との境界になるところです。実際に僕が生まれ育った場所が舞台になっています。「飢餓と圧制に苦しむ百姓の為に医者を志した少年の成長を描く」小説です。 読み進むうちに良く知った地名が出てきます。小説ですが久留米藩の筑後川沿いの土地ですので地形地名は僕にも分りました。その為主人公になって1728年と1754年の時代に戻ったような感じで読んでいます。 後2冊がありますが、1つは久留米藩内の筑後川沿いの百姓たちの話。2つ目は同じ舞台ですが、潜伏キリシタンの話、僕の洗礼を受けた今村の信徒と浦上の四番崩れと言われる信徒たちの話です。 聖書も同じように僕がそこに居るような思いで読めたらと思いました。今第一朗読は創世記です。ヤコブ(イスラエル)の物語です。
YouTube: 森の石松 (お民の度胸)12 |
■ 2019年6月 6月 聖心の月 |
長崎教区の高見三明大司教は「長崎教区だけではなく、日本の教会にとっても朗報です」と言われ、長崎教区の補佐司教に中村倫明(みちあき)神父が任命されたとバチカンが5月31日に発表された事に触れられました。 6月は「イエズスの聖心」の月です。具体的には「ご聖体の祝日」後の金曜日に祝われます。 この「ご聖体」と「み心」を祝うことで6月が聖心の月と言われています。5月マリア様の月を過ごした私達は今度、イエズス様のこころに寄り添いながら一ヶ月を過ごしていきます。聖心の絵は両手で胸の真ん中に愛情に燃えているハート型の「み心」が描かれています。それでイエズス様の愛に答える月でもあります。 しかし一方5月28日の痛ましい事件を思います。本当に不条理な事件で、この出来事に信仰をもって向かい合い祈りたいと思います。
YouTube: Adoro te O Panis Coelice
YouTube: 森の石松 (お民の度胸)12 |
■ 2019年5月 復活の主日 |
2019年の御復活の主日は4月も中旬でした。それは春分の日を過ぎてからの満月が遅かったからですが、満月の日が聖金曜日でしたので三日後が御復活になりました。 聖金曜日の典礼祭儀の説教の時、教会の「暦」についてふれ、「お御堂を出たら夜空を見上げて満月をみてください」と付け加えました。この日は雲もなく、本当に大きなお月様を見ることができました。 また、四旬節の主日、十字架の道行きをミサ前に行うようになり、多くの参加者がありました。来年もミサ前にと思います。 4月1日改元後の元号「令和」が発表されました。そして5月1日「即位の儀」があり、「令和」の時代が始まりました。おかげで10連休と言う長期休暇(4月27日から5月6日まで)を頂いた私達ですが、賛否の意見が休み明け色々と話題になりました。私としてはわがままな時間が出来て良かったです。
YouTube: ファン・ジニ新たな愛の始まり~剣と鶴の舞~
YouTube: Hwang Jin-Yi : Ya-Hwa Farewell-Dancing
YouTube: 石松物語(閻魔堂の騙し討ち) 11 (石松と七五郎) |
■ 2019年4月 四旬節黙想会 |
今年の黙想会の指導神父は神言会のピーター(インドネシア)神父様にお願いして、3月17日に来ていただきました。神父様は南山学園中高女子部の先生で、小教区での司牧はお手伝いで協力されています。 毎年、四旬節黙想会の指導司祭をお願いする時、誰にと困っていました。今年は小牧の信者さんが推薦されました。理由は、ピーター神父様が神学生の時、小牧教会に日曜日ごとお手伝いに来られた事、司祭になられた事をご存知の人でした。早速、電話で問い合わせをしました。神父様はとても喜んで、是非伺いますとの返事を頂きました。 小牧教会には僕が来てからアンセルモ神父様、今はマルセリーノ神父様がスペイン語ミサを、ベトナムの人には多治見教会からトゥントゥン神父様が来てくださっています。また太田神父様も来てくださっています。ブロック会議では、城北ブロックの神父様が会議の為に年数回来られています。 黙想会の指導神父様の候補には、このように小牧教会に関わりのある神父様方が来られます。皆様の推薦があれば交渉は僕がしますので、是非お声を下さい。来年も皆様の推薦のお名前をお考えください。
YouTube: アルマンド神父様の「帰れソレントへ」 2009年9月28日公開
YouTube: No.11 (石松と七五郎) |
■ 2019年3月 四旬節が近づきます |
前に話題にしたハビアンですけど、また新しい本を見つけて読みました。 「不干斎(フカンサイ)ハビアン」-神も仏も棄てた宗教者― 釈徹宗著(新潮選書) 上の本を読みました。ハビアンの二つの著作『妙貞問答(みょうていもんどう)』と『破提宇子(はでうす)』について解説した本です。 本の帯に書かれた紹介文 『400年前、仏教も知性で解体した、「早すぎた近代人」の生涯と思想に迫る。』『ひょっとするとこの男、日本思想史上、重要なポジションに立っているのではないか。』(本文より)出家、改宗、棄教したハビアン。『世界初、仏教、神道、儒教、キリスト教を相対化した男。』(推薦の言葉より) ハビアンは1565年(永禄8年)頃、北陸あたりで生まれたとされている。「キリスタン俗書『南蛮寺興廃記(なんばんじこうはいき)』には、ハビアンは加賀の国の人。禅僧となり『吉利支丹物語(きりしたんものがたり)』では、京都・南禅寺で修行したことを記している。臨済宗系の建仁寺(けんにんじ)か大徳寺(だいとくじ)に居たとも伝えられている。 その彼が1583年、京都でイエズス会のパードレと出会い、1587年修道会に入会する。この時代、キリスタンにとり1587年秀吉からの大追放まで安定期でありました。かなりきつい禁教令のようですが、まだ緩やかなあつかいのようでした。 1603年、『妙貞問答(みょうていもんどう)』を書き、1606年儒学者「林羅山(はやし らざん)」と会談し、1608年、突如イエズス会を退会して、一人の修道女と共に姿を消しました。 その後、1619年、長崎奉行 長谷川権六と棄教者トマス荒木と共に、江戸から長崎に入っています。その前後、『破提宇子(はでうす)』を書き、キリスタンの信仰から離れます。ハビアンのイエズス会退会と信仰からの棄教理由に色々の説が言われています。 ハビアンの比較宗教論は、宗教を相対的に見て、その中でキリスト教が絶対である事を主張しました。しかし「信仰」があったかどうか疑う人もいます。西洋からの知識、技術、科学、医療そして生命観が、ハビアンが生きた時代の日本人には全く理解できない事ばかりでした。彼はそれらに新しい知識に貪欲に学び、持論にし他の宗派を論破しました。林羅山と会談したわけでしたが、議論がかみ合わなかったと言われます。 1600年代は多くの殉教が続く時代でした。
YouTube: Stabat Mater Dolorosa - Legendado PT/BR
YouTube: 10 石松と都鳥一家 |
■ 2019年2月 父の享年 |
僕は、父46歳、母43歳の時、六男三女の末っ子の六男として生まれました。そして今年4月に満67歳になります。67と言う数は、僕が深く心に記憶した数字であります。それは父が享年67で肝臓がんにおかされ天に召された年であります。 大学(哲学課程)3年生(21歳)の時でした。1973年、まだ大学紛争の影響が色濃く残っていた時代で、神学校の在りかたが問われていた時代でした。僕もこれからの歩みを考えなければ、選ばなければいけない時でした。 父が天に召される前に福岡に帰った時、その事について相談しました。父のその時の言葉は、「お前が決めればよい。が、お前を名古屋に送ったのとは違う」と言う言葉でした。 『わたしは、あなたのうちに宿っている偽りのない信仰を思い起こしています。この信仰は、まず、あなたの祖母ロイスと母ユニケの心に宿りましたがそれが今、あなたの心にも宿っていると、わたしは確信しています。』(パウロのテモテへの第2の手紙1:5) 祖母はあまり記憶にない時に亡くなりましたが、祖父は長生きしました。夜寝る前には家庭祭壇の前に正座して長く祈っていました。晩年の母の姿も同じでした。が、父はまだ教会の為あれこれ活動していた時だと考えます。 僕も祭壇の前に座る姿を残せたらと、お恵みを願いたいと思いながら、67歳の一年を過ごせたらと思います。
YouTube: ボレロ シルビ・ギエム Bolero Sylvie Guillem
YouTube: 森の石松(続編) 石松と見受山鎌太郎(2/2) 広沢虎造 |
■ 2019年1月 元号平成最後の年 |
2019年1月1日 新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。 元旦のミサ第一朗読、今年も主なる神からモーゼを通して民に与えられた祝福の言葉を頂きたいと思います。
『主があなたを祝福し、あなたを守られるように。 今年の年間行事の中で、小牧教会がここ常普請に献堂されて40年になり、来る4月の御復活にお祝い行事が予定されています。どのような形にするのかまだ決まってはいませんが、「小牧だより」の拡大版を記念誌として発行することが決まりました。 教会の暦は今年(C年)ですので日曜日の福音朗読はルカ福音書を一年読み進めていきます。ルカはパウロさんのお弟子さん、そして医者であったと伝えられています。また福音書はギリシャ語で書かれていますが、とてもきれいな文章だそうです。教養ある人だったことがわかります。彼の書いたたとえ話は多くの芸術家により絵画の題材になりました。私達はその絵画を眺めて聖書のその場面を思い起こしながら黙想する事ができます。 迎えた2019年を皆さまと共に歩きますが、その道中を神様の導きと祝福があることを願っています。
YouTube: 石松三十石船 / 二代目 広沢虎造 |