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平政の守山教会ニュース
森のうた

守山教会
聖堂正面のステンドグラス「復活」 島田章三原画
カトリック守山教会 2011年12月撮影

カトリック守山(もりやま)教会
〒 463-0010
愛知県名古屋市守山区翠松園三丁目919番地

名鉄瀬戸線「大森・金城学院前」駅で下車、
金城学院大学のキャンパスを南北に貫く市道の坂道を
のぼりきると突き当たりに出る。右に曲がり、
すぐ左手の坂道を下ると教会。徒歩約15分。


初金ミサ 第一金曜日 朝10時半~ (ラテン語聖歌)
主日ミサ 日曜日 朝10時~ (日本語聖歌)
平日ミサ 月曜~土曜 朝6時半~ (初金の日は除く)

その他のミサの日程は教会へお問い合わせください。
電話/ファックス: 052-792-4429

主任司祭: 平田 政信
平田神父とバス停「平田」
この写真の記事(森のうた 39号)

(聖歌) TU ES SACERDOS 汝は永遠の司祭なり



アルマンド神父 神をほめうたう
Preghiera, F.P.Tosti
歌詞


バチカン最後のカストラート、モレスキーによる Preghiera。
(アルマンド神父の歌は楽譜上部の画像をクリックしてください。)



*** 守山教会ニュース「森のうた」より 主任司祭 平田政信 ***

■ No.72 2012年 5・6月号

主の祈り

教区事務所の八重桜
2012.04.30 教区事務所の八重桜

教区事務所の八重桜
2012.04.30 教区事務所の八重桜。咲き終わって大地に帰っていく花々。

4月8日のご復活日の八日目の日曜日15日。僕の誕生日、しかも還暦を迎えた日でした。さまざまなお祝いの心遣いに感謝します。

聖土曜日に二人の洗礼式があり、その準備の中で「神の十戒」にもふれ説明をしました。が、僕は第二の掟、「神の名をみだりに唱えてはならない。(神の名をみだりに呼ぶなかれ)」のところでひととおりの話をしましたが、僕自身がまだ物足りない思いが残りました。この事を気にしながら数日過ぎたころ、偶然、現教皇が書かれた「ナザレのイエス」を再度開く事になり、「主の祈り」の項にその答えを見つけた気がしました。

私たちが信じている神は「天地万物を創造された神」。他に「無」の存在はあっても神々の存在はありません。神の名は必要ないことです。仮に名前があるとすれば他者との区別のため、そうなると他に神々の存在を認めることになり、神々の中の一つの個性を持った神になってしまいます。

しかしモーゼは「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」と言われた神に、それでは異邦人には理解できないので「名前を教えてください」と願います。そして神は答えて「わたしは、『わたしは有る』という者だ」と。主の祈り「み名が聖とされますように」と祈ります。

神の名の乱用に対し神ご自身が神の名を聖なるものにしてくださるように願います。




誕生日に頂いた革靴、通称ドクターシューズ。典礼の儀式の時に履くものです。
誕生日に頂いた革靴、通称ドクターシューズ。典礼の儀式の時に履くものです。




守山教会の前の花壇に芽を吹き始めた「アカンサス」の花苗。教区事務所からもらって昨年移植。
守山教会の前の花壇に芽を吹き始めた「アカンサス」の花苗。
教区事務所からもらって昨年移植しました。


教区事務所の「アカンサス」。守山教会の「アカンサス」の親です。
太田神父様から花の色が違うべつの苗もいただく予定です。




からすの巣。教区事務所がある教区センターと布池のヨゼフ館(結婚式場)の道路、ヨゼフ館側の電柱


からすの巣。教区事務所がある教区センターと布池のヨゼフ館(結婚式場)の道路、ヨゼフ館側の電柱
名古屋教区事務所がある教区センターと 布池教会の聖ヨゼフ館(結婚式場)の間の道路、
聖ヨゼフ館側の電柱につくられたカラスの巣。もうすぐ子供が生まれるのかも知れません。

2006年7-8月号 からすの思い出



■ No.71 2012年 3・4月号

四旬節

名古屋教区センター掲示板 2012年2月

名古屋教区センター掲示板 2012年2月
カトリック名古屋教区センター 掲示板(2012年2月撮影)


今年も四旬節を迎えます。「四旬節の過ごし方」という談話を日本カトリック司教協議会会長池永潤大司教(大阪教区司教)様が二月下旬に発表されました。この季節、霊的向上の為「祈り、節制、愛の行為」の実践を教会は伝統的に勧めてきました。大司教様は特に「愛の行為」を強調されています。わたし達も具体的に自分の出来る「それ」を考えながら四旬節を過ごして行きましょう。

また、四旬節は自分のそして人々の「復活」を「永遠のいのち」を信じ、希望し、その信仰を深め、その為の準備の期間でもあります。

イスラエル人はカナン入植時点では、流浪の民、遊牧民でした。約束の地に入ったモーゼの弟子ヨシュアに人々は、「主を捨てて、ほかの神々に仕えることなど、するはずはありません。」(ヨシュア記24:16)と答えました。ところが、いざ異文化の地に入ったとたんに、その地の神々に惑わされ闘うことになりました。農耕民族の民。地の豊穣を約束する神々に出会いました。そこの民は「死」と「再生」の神を信じるカナン人でした。「乾季」と「雨季」を司る大地母神崇拝を要とする多神教的な宗教文化でした。「アブラハム、イザク、ヤコブの神」の神を信じる一神教とは違いました。

私達はもろもろの「偶像崇拝」の誘惑に会っています。それでも一回限りの「死」と向き合い、「再生」ではなく「復活」への信仰、希望のうちに日々過ごす事が出来ますように。




YouTube: Farinelli: Il Castrato / Farinelli The Castrato, 1994

ヘンデルの時代に実在したカストラート、ファリネリ(1705-1782)をモデルにした作品




2012年2月撮影

2012年2月撮影




■ No.70 2012年 1・2月号

クリスマスと新年おめでとうございます

2011年11月撮影
カトリック守山教会 聖母像 (2011年11月撮影)


 毎年の挨拶の言葉ですがとても大事な深い意味を持った言葉であると思います。

 『水の力』。「力」の意味は、また何処からのもの。「誘惑」とは違う自分ではどうしようもないもの。そこに神の「摂理」を思いたい。

 ここに一冊の本があります。「古事記の暗号」藤村由加著新潮社。

 その本のあとがきに「古事記神代は、イザナキとイザナミの結婚に始まり、国生みが成され、沢山の神が生まれた。天上においてのスサノヲは乱暴者だったが出雲では英雄だった」何故出雲で須佐乃男命が英雄だったのかその本に説明があります。古事記では「最後に貴い三柱の神を得る。左の目を洗った時に天照大御神、右の目を洗った時に月読命、鼻を洗った時に建速(たけはや)須佐之男命」「大国主神はそのスサノヲの血をひく神である」鳥取県、出雲大社そこは斐伊川(ひいかわ)の終点。その上流がスサノヲの八俣(やまたの)大蛇(おろち)退治(たいじ)の舞台です。そして彼はここで英雄になりました。伊勢神宮と出雲大社の関係は? その関係本等を色々読むと深みにはまりそうです。

 「水の力」スサノヲは毎年襲う斐伊川の氾濫をそこへ流れ込む支流をも含めて「治水」を試みた人。「現代のハイテク技術でも、この水の力を使って硬い鉱物を切る」との事。

 「水の力」人は水なくしては生きてはいけません。旧約聖書に「マラの苦(にが)い水」の話があります。水はさまざまに姿を変えます。「古事記」は自然との共生を語っているのかも?。



ボレロ シルビ・ギエム


日本の復興と再生への祈りを込めて舞うギエムの「ボレロ」
日本舞台芸術振興会:シルヴィ・ギエム<HOPE JAPAN TOUR>福島特別公演決定!
いわき芸術文化交流館:シルヴィ・ギエム&東京バレエ団 "HOPE JAPAN" 福島特別公演

【ギエムからのメールメッセージ】
日本は大変困難な時に直面しています。私は貴方の国を何度も訪れ、本当にたくさんの場所で踊りました。私は日本の人々に、こんなに長い間私が与えられてきたものの、一部をお返ししたいのです。私は日本と、日本の人々を本当に長い間愛してきましたし、今や私自身を少し日本人の一員のように感じており、この恐ろしい出来事に大変心を痛め、悲しんでいます。人間としてしなくてはいけない、という義務感を超えて、これは私の個人的な意志なのです。




J.S.バッハ 管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068  [G線上のアリア]
アムステルダム・バロック管弦楽団 / トン・コープマン





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